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「グラン・パリ(La Métropole du Grand Paris)」計画特集[番外編]と題した今回は、19世紀にパリを創ったことで名を馳せる「オスマン伯爵」についてお話ししていきます。
(概要等を説明している初回はこちら)
ジョルジュ=ウジェーヌ・オスマン
19世紀フランスの政治家で、1953年から1970年までセーヌ県知事のポストに就いていました。
在任中、皇帝ナポレオン3世とともにパリ市街の改造計画を推進し、フランスの近代化に大きく貢献しました。
産業革命による人口増加で衛生環境や交通網の未発達が浮き彫りになったパリ。
そんなパリをロンドンのように整備された街並みにしようと立ち上がったのが彼でした。(*1)
街路事業や、公園事業、上下水道事業に都市美観など、彼によってパリは大きく姿を変えました。
そしてできあがった壮麗なパリの街は他国における都市改造の手本とされ、ウィーンやバルセロナなど欧州諸都市の都市改造に大きな影響を与えたのです。
オスマニアン様式
「パリはオスマニアン様式の建物で構成されている」といっても過言ではないほど、現在でもその建築様式の建物が残っています。
石造りで、ファサードには美しい彫刻。
地上階および1階は商業用でブティックなどが入る場所。
2階はバルコニーもあり、富裕層が住んでいました。
3階と4階はバルコニーがなく一般人向け、5階も一般人向けですがバルコニーがついています。
6階は屋根裏部屋となっており、女中などの居住空間と考えられていました。(*2)
今でもその傾向は維持されており、特に屋根裏部屋はお金のない学生などに向け貸し出されることが多いです。
オスマン・イヤーとしての2023年
パリ市はオスマン男爵の就任170周年を記念し、2023年を「オスマン・イヤー」に設定。
彼の功績をたたえて数多くのイベントを用意していると発表しました。(*3)
近年の研究により、オスマン建築が図らずも「気候変動に適した構造」であったことが明らかになり、その功績に再度焦点が当てられているとのこと。
また、上記で紹介したオスマニアン様式は時代が変った今でも改造の必要がなく機能しており、彼の建築は大きく評価されています。
まとめ
170年の時を超え、現在もその様式が維持されているパリは今新たな改造の道を辿ろうとしています。
歴史を残しつつ、未来に向けて形を変えゆくパリの姿から目が離せません。
*1:https://imp.or.jp/wp-content/uploads/2021/10/special-1.pdf
*2:https://www.youtube.com/watch?v=YjjIxUUEH-c
*3:https://www.designstoriesinc.com/europe/haussmann-year/
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